余韻
- ふく
- 7月18日
- 読了時間: 3分
更新日:7月23日
旅から帰って少し。
北の大地の、きらきらした都市を全部素通りした先が今回の目的地で、一時間に一本だけの二両編成の電車でそこに着いた。次々現れる小さな森の中を進んでいくその線路は廃止路線候補だって、タクシーのおじさんが笑っていた。
一人旅。人と行く旅もすばらしいけれども、私にはたまの一人旅がよく効く。と理解するに至った旅。私の日常の気配が一切ないような遠い場所に、私の日常を帯びた誰一人も伴わず、身一つ置いて数日送るのは考えてみれば約十年ぶりだった。
広くなだらかな大地と山と、木と花と空ばかりを見て、草のにおいのする風の中で歩いたり自転車を漕いだり、ぼうっとしたりして過ごした。宿に選んだペンションに満ちた空気と窓からの景色があんまり穏やかで、いつも日に何度か開くネットニュースやYouTubeやその他諸々も開く気にならず、目の前を流れる時間と景色に頭のてっぺんからつま先まで浸かっていたくて、他のものにやっていいと思える目も心もありはしなかった。いつもは重要だったはずのことが全然重要じゃなく、毎日私に絡まって取れないような、取ったら大変なことになるような気がしているいくつかのものも、きっと案外そうでもないのだなぁ、と思ったりした。鋭い感動を覚える旅ではなかったけど、何があるわけじゃないが足りないものは何もない、という種の充足が心の底をずっと満たしていた。
その場所を心で感じることが疎かにならないよう気を付けながら、写真をいっぱい撮った。私が本当に保存したい広さも空気も心地よさも全然映らないや、と撮るたびもどかしかったけど、この景色を見たとき感じていたことを思い出す手がかりにはなることを願って。
よく晴れた北の大地から、なぜかどんより曇ったいつもの街に帰り、広げたらテーブルを埋め尽くすほど買っていたお土産に苦笑いして、そして予想どおりあっさりと、私は日常の流れに回帰した。でもまだあの景色と心持ちを瞼と心に描けるし、それからどういうわけか、寝つきがとても良くなった。
この間、データを送ればフォトブックを一冊から作れるというサービスを知った。いっぱい撮った写真を実際に見た順番にレイアウトして、表紙やその日の行程表なんかも作って挿し込んで、という作業をして遊び始めている。この手の作業はやっぱり楽しいらしい。かの地の景観に魅せられて写真を撮り続けている写真家さんの写真集も買って帰った。そのうちあの場所になるべく似たゆっくりとした時間の流れるところで、じっくり眺めよう。
旅の余韻。徐々に薄れてしまうと知っているけれど、せめてこの夏いっぱいくらいは、こうしてしっとり浸って過ごしていたい。