誕生日
- ふく
- 5月16日
- 読了時間: 2分
「実は今日誕生日だったんです。五十の大台乗っちゃいました」
先日の退勤の折、廊下で一緒になった同じ部署の同僚がそう言った。とはいえ今日も自分で夕飯作って食わせるんですけどね、と笑ってロッカー室へ入って行った。野の花のように人がよくて、絵本が好きで、けれどひとの幸せも痛みもよく知っているずっと年上のおねえさまは、目立たなくても同じオフィスにいると心のどこかがほっとする。
そうか、お誕生日か、と帰り支度をしつつ思案して、少し遠回りをしたところにあるカフェを思い出した。近所なのになぜか行ったことがなくて、今年こそ行こうと思っていた店。焼き菓子の販売もやっているというインスタを見たことがある気がした。初訪問の絶好機だ。閉店時刻までにぎりぎり着ける。
店員さんは「今日はもう残り少なくて」と眉を下げたけれど、店頭のクッキーは迷うのに十分すぎるすてきな品揃えだった。二つまで候補を絞ったものの、どちらも捨てがたくて決められず、いっそ両方差し上げようか、いやいやそれは気を遣わせると頭の中で二転三転して、結局二つとも買い、片方は贈り物、もう片方は自分用という落としどころへ持ち込んだ。お返しをしなきゃなんて思わせず、妙な意味合いを帯びない軽やかさで、嬉しくなっていただけるもの。一方的な贈り物の加減はいつまで経っても難しい。
翌日の朝、彼女は悪そうな顔も恐縮もせず、少女みたいなびっくり顔とはしゃいだ笑顔だけ私にくれた。やっぱり野の花みたいで、私も彼女の歳の頃にはこんな感じになっていたいなぁ、と思った。
自分用に買ったクッキーは、時々眺めながら週末の楽しみに取ってある。贈り物を探しに向かう道中は、いつもの帰り道がちょっとした冒険だった。大人になるほど特別感は薄れていくけれど、やっぱり誕生日っていいな、と思ったりした。照明が抑えられたカフェはとてもいい空間だった。夏が終わるまでには再訪して、今度はお茶をいただこう。