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馴れ初めのある

  • ふく
  • 1 日前
  • 読了時間: 3分

 あの世界のダブルスペアには、監督指示で結成されるペアと、選手たちの間できっかけがあって半主体的に結成されるペアがある。後者のペアには出来事や意思や決断があるから、みんなそれぞれ馴れ初めっぽいものがある。大石菊丸も、宍戸鳳も、乾海堂も。

 こういうペアは多いようで実はそうでもないけど、種ヶ島白石ペアも分類としては立派に「本人たちの意思で結成したダブルスペア」だよね…と思うとぐっと来る。 


 種ヶ島さんは大曲先輩と出場枠の兼ね合いが念頭にあったわけだけど、あそこに現れたのが白石くんじゃなくてもダブルスを即決していたかというと、当たり前だけどそうではないはず。種ヶ島さんが大曲先輩に、白石くんが金ちゃんに思ったのと同じように、自分には関係ないと割り切れない存在だったからこそ、ノータイムで白石くんにダブルスを持ちかけたのだと思うし。

 白石くんは種ヶ島さんがダブルスに誘ってくれた理由をどう思ってるのかな。試合を共にしてなんとなく、種ヶ島さんは自分が金ちゃんに思ったのと同じことを大曲先輩に思ってこの選択をしたんじゃないかと察しはしたかも。けど、自分にも同じような思いが向けられていたとは考えない気がする。

 白石くんは状況が状況だったから、ダブルス持ちかけたのが種ヶ島さん以外の高校生でも乗っていたかもしれない。けど、ラブコールをくれたのがほかでもない種ヶ島さんだったことは本当に嬉しかったし、誰よりも頼もしいパートナーだと思えただろうな。

 とはいえあの結成シーンは結果であって、それまでに二人の間にあったいくつかの出来事こそが二人の馴れ初めなんだけど……。


 馴れ初めのあるダブルスペアで、その時限りのペアになった例はなかなか珍しいんじゃないか。

 あの試合の後、二人は何かを話したのか、何を話したのか、永遠に気になる。

 種ヶ島さんは「ありがとう」も「ごめん」も、ましてや「2年後はお前が云々」なんてことも、何も言ってない気がする。白石くんを放っておけなかったことは全部自分の勝手な思い入れだって彼は分かっているから、なんにも背負わせないようにあのダブルスを終えたんじゃないか。

 白石くんも色々思いがあったと思うけど、種ヶ島さんがそんな様子だから敢えて言わなかったかもしれない。

 私は白石くんの視点であのトーナメントを想像すると、とてもじゃないけど自分と金ちゃんのことだけじゃいられない。今まで何度も救ってくれた種ヶ島先輩に対して、テニスや世界一に本当はめちゃくちゃ本気な種ヶ島先輩に対して、負けないでほしい、この人に決勝に出てほしいって気持ちが自然に湧き上がってくる。だから試合後、「俺はそう思ってました」「あなたと決勝に行きたかった」って白石くんは伝えたかったかもしれない、と思う。

 だけど、種ヶ島さんがなんだか一生懸命そういう雰囲気にならないようにしているものだから、しょうのないひと、と言葉をそっと懐へしまったかもしれない。


 ネットの向こうの仲間に対してだけでなくお互いにも並々ならぬ思いを抱きながらそれを押し付けず、言葉にも態度にも表さないまま解散していくペア。もどかしくてスマホを床に叩きつけたい。この距離感こそ彼ら。

 でも、白石くんしまわされた言葉をオーストラリアからの帰り際あたりにさらっと一方的に投げるくらいの不意打ちをしてやってくれたら嬉しいなとも思う。試合後すぐに言わせてくれなかったことへの意趣返しも含めて。白石くんが従順な後輩というわけでもないのは、二人の関係性のいいところだ。

 
 

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