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​八月 きみとの夏鍋

 どういう経緯であったろう。父が予防注射をするところを、昔、診療室で見たことがある。

丸椅子の上にいたのは、当時近所に住んでいた三歳の女の子だ。いつもはおしゃべりでよく笑うしっかり者の彼女は、その日はずっと無口だった。

『ちくっとするで、動かんでな』

 見るからに緊張している彼女に父がそう言った時、俺は思わず身構えた。次の瞬間彼女が声を上げるかもしれない、逃げ出すかもしれない、と考えたのだった。

けれど、注射が終わるまでの間、彼女は嫌だとも痛いとも言わなかった。さくらんぼ色の唇をぎゅっと結んで座り、零れないのが不思議なほどの涙を睫毛の上に堰き止めて、抑えつけるように宙を睨んでいた。

 俺は、急に猛烈なもどかしさに駆られて、何か言おうと口を開いた。けれど、懸命に張り詰めたその姿を見ていると、言葉はどれも役立たずに思われ、彼女の大事な何かを壊してしまうような気さえして、口の中で雪のように消えてしまったのだった。

 白石みたいや。

 その時俺は、似ても似つかないはずの親友のことを思った。中学二年の冬のことだった。

 

  ◆◆

 

 ――ほんまうざいったらないですわ。何か知らんのかて俺まで毎日聞かれる始末やし。

 昨夜、電話の向こうの後輩はそう言い、「卒業しても騒々しい人らですね」と相変わらずの憎まれ口をおまけに付けた。目下この四天宝寺高校を席捲している例の騒ぎは、どうやら母校である四天宝寺中学校にまで波及しているらしかった。その後輩、財前は終始面倒そうな言い草であったけれど、向こうから話を切り出してきたあたり、彼なりに心配していたのかもしれない。

 テニス部の部室には、誰も残っていない。パイプ椅子に腰かけた忍足謙也は、窓から湿った校舎裏と沈みかけの暗い夕焼けを眺めつつ、そわそわと脚を揺らして渦中の男を待っていた。

『悪い、遅なった』

 ぎぃ、と建付けの悪い扉が耳障りな音を上げ、いつもどおり自主練に余念がない白石がようやく顔を出した。あるいは、今日ばかりは「いつもどおり」などではなく、彼は自主練をするふりをして野次馬たちが下校するのを待っていたのかもしれない。その背を照らす赤い西日が濃い影を作り、白石の表情はほとんど塗りつぶされて見えなかった。

「テニスに集中したいから」がお決まりであった白石の断り文句が、「付き合っている人がいるから」に変わったのだという。全校を巻き込む大騒ぎの発端は、ただそれだけのことであった。

 方便やっちゅうねん、と嘆息しつつ、謙也は隣のクラスから成り行きを眺めていた。白石はそれはもうべらぼうにモテるが、その手のことには超が付くほどの初心である。まだ進学したてのこの学校の連中は、それを知らないのだ。第一、自他共に認める親友であるところの謙也でさえ、白石から恋の話など聞いたことはない。彼は進学以降更に頻度を増した呼び出しの数を減らそうと、常套句を変えてみただけに違いなかった。

 それにしても、廊下で見かけるたびに「いつから?」「相手は?」「写真とかないん?」と質問攻めにされている親友の姿はあまりに気の毒だった。穏やかかつ毅然と対応し続けているようではあったけれど、さすがに堪えている頃だろうし愚痴でも聞いてやろうと、謙也は今日一緒に下校する約束を取り付けたのだった。

 だから思わず数秒、言葉を忘れた。

『……え、ほな、ほんまのことやったん?』

 呆気に取られた謙也がやっとそう言うと、白石は背を向けたまま「うん」と平坦に答えた。

 中間テスト前の部室棟は、異様な静けさだ。いつもは運動部の掛け声や吹奏楽部の合奏の音が満ちているのに、今日は山へ帰っていくカラスの鳴き声が遠くきこえるきりである。誰の動く気配もない停滞した夜の入り口に、ロッカーを黒々と覆った影の中で、白石だけが淡々と着替えを続けている。

『そんなん一言も言うてへんかったやんけ』

 言ってから、しまったと思った。驚きから出たに過ぎない言葉は図らずも責めるような響きを帯び、白石が背中を固くしたのが分かった。

『そもそも、誰にも話すつもりなかってん。お前にも』

 部室が一段と薄暗くなった気がした。さっきまで照っていた日は沈んでしまったのだろうか。白石は何かを押し殺したように、ちらりともこちらを振り向かない。

『ええと……なんで?そら、大事なことやろし、俺には何でも話せとか言う気はないけど……』

 白石は黙っている。その背中から、これは只事ではない、と謙也は漠然と感じ取った。

中学時代から心優しく、そのくせ意地っ張りな親友だ。仲間を巻き込まないよう、あるいは弱みを見せぬよう、一人で巨大な何かを抱え込むところを何度も見てきた。詳しいことは分からないが、今度も白石はそうしようとしているのではないか?張り詰めた沈黙が続くほどそんな想像が募り、謙也はじっとしていられずにパイプ椅子から半ば立ち上がった。

『危ない目に遭うてるんとちゃうやんな?やばい奴に絡まれてるとか、遊ばれてるとか、』

『そんな人とちゃう!』

 その瞬間、白石の声が謙也の言葉を激しく遮った。振り返った双眸に爆ぜた燃えるような怒りは、謙也を怯ませるのには十分だった。「すまん」と小さく謝って椅子に腰を落とすと、残り火を揺らした瞳が悔いるように伏せられて逸れ、白石は再び背を向けた。

 古い壁掛け時計の秒針がぎこちなく進んでいく。次の言葉は一向に見つからない。白石はその間にもてきぱきと着替えを進め、衣替えをしたばかりのカッターシャツに袖を通している。影の中に白く浮かび上がるその背中は、怒っているというよりも、悲しんでいるように見えた。

『気にかけてくれるんは、おおきに。けど、ほんまに心配いらんから、何も聞かんでくれ。もとはと言えば俺があんなん言わんかったらよかった話やけど、みんなもそのうち飽きて収まるやろ。……万に一つも荒らされたないねん』

 白石は着替えを終えると、そう言い切ってロッカーを閉めた。

 結局、何も分からない。本当に彼の身に危険はないのかも、どうしてそこまで頑なに隠すのかも。ただ、一つだけはっきりと感じ取れたことがあった――白石は、その人のことが大好きで、とても大切なのだ。

 ラケットバッグを背負うと、白石は『ほな帰ろか』と笑った。この話はこれっきりだ、と通告する笑顔だ。部室を出て帰路に着けば、もう二度とこの話をする機会は訪れないだろう。

 本当に彼に危険がないのなら、その通告に従わない理由はもうなかった。けれど、いかにも彼らしいその微笑みを見ていると、謙也はどうしようもなく悔しくなった。ああ、まただ、と思う。それは大抵テニスや部活に関わるものだったけれど、こんなことが過去にも幾度もあった。

 こうなったら白石は、もう見せてはくれない。分けてはくれない。そうして頑固に戦い抜く強さを謙也は心から尊敬していたけれど、同時に、「もういい」と言ってやりたいような気にもなるのだった。ほかでもない彼自身が一心に望み、戦い続けているのだというのに、一体どうすれば「もういい」なんて言葉を投げつけることができるのか、今でも分からないけれど。

『分かった。なら、一つだけ聞かせてくれ』

 謙也は意を決して言った。出口へと歩きかけていた足を止め、白石がちらりと振り向いた。左半分を弱い夕日に、右半分を黒い影に染められた親友の顔に向かって、謙也は祈るような思いで立ち上がり、再び口を開く。

 恋人。それは謙也には、まだ雲を掴むような存在だ。けれどもし、もしその人が本当に、白石にとってただ一人の素晴らしい人であるなら、容易くはない白石の心に触れた人であるなら、どうか。

『                 』

 問いかけると、白石は目を丸くした。こちらへ完全に向き直った拍子に、顔を半分覆っていた影が滑り落ち、西日を弾く両目がきょとんと瞬く。

「……?……うん、あるわ、何度も」

 戸惑いがちでもはっきりとしたその回答を聞いた時、目の前が眩しいくらいに明るくなった。夕日が部室の壁を突き破って溢れたみたいだ。なぜだか胸までいっぱいになって、謙也は思わずぎゅっと目を瞑った。

 

 

「……――謙也。けーんーや。お前、飲む前から居眠りて大丈夫か?」

「へ?」

 はっと顔を上げると、呆れ顔の白石がこちらを覗き込んでいた。

「悪い、遅なった。言うて俺は時間どおり来ただけやねんけどなぁ」

 どんだけ前に来たん?謙也のせっかちは治らんな。そう言って笑い、黒いテーブルの向こう側に腰を下ろした白石は、ロールアップしたジーンズにシャツを合わせただけのラフな姿だ。板一枚の薄い壁の向こうから、乾杯、と騒がしい声が上がるそこは、白石が予約してくれた居酒屋の一室であった。幼い日に出会ってから変わらぬ一番の親友の顔が、そこにある。

 ああ、今のは夢か、と謙也は緩慢に理解し、小さなため息と共に微笑んだ。あの日を夢に見たのは初めてだ。今日という日に限って見たのは、やはり今日が最後になるから、なのだろうか。

 それは謙也にとって、どれだけ月日が流れても覚えているだろう景色だった。高校一年の夏が来る前。もしかしたらこれまでの人生で一番嬉しかったかもしれない、あの夕暮れ。

 

 

  ◆

 なんで夏の盛りに鍋なんだ。運ばれてきたカセットコンロと土鍋を前に、謙也はげんなりと項垂れた。正面に座る元凶はけろりとして、気付く兆しもない。

 「夏鍋」と呼ばれているらしい。夏バテに効く薬膳料理の類だとかで、白石は「最近流行ってるらしいで!」などと目を輝かせていたのだが、十中八九白石の中で流行っているだけだと謙也は考えている。食材がどんなに体に良いとしても、熱さやら暑さやらで消耗する分の方が大きそうじゃないか。幸い店内は空調が効いているけれど、仕事の忙しさを言い訳に店選びを一任してしまったことが悔やまれる。

 この春、謙也は研修医ではなくなり、正真正銘の小児科医となった。物心つく前から父の仕事ぶりを見てきたし、研修医生活で慣れたと思ってもいたのだけれど、いざなってみると、医者は本当に忙しい。診察以外にも山ほど仕事があり、同僚との人間関係や気配りも怠ることはできない。どれも患者の健康や命に繋がる大切な仕事だ。

 勤務先の病院敷地内にある調剤薬局に勤める白石とも、めっきり休みが合わなくなった。休みが合ったとしてもこちらがへばっている日も多い。春からは覚悟をしておけ、という父らの忠告を、学生時代テニスで鳴らした体がそう簡単にへこたれるものかと聞き流していたけれど、人生の先輩たちが口を揃える教訓はほとんどが真実なのだと、近ごろは身に滲みている。

 研修医の間は毎月のように白石と病院敷地内のコートでテニスをしては酒を飲んでいたのだが、年度が変わってからは今日が初めてだ。暦は既に八月なのだから、時間の経つ速さに呆れてしまう。次にいつこうして話ができるのか、見通しも立たない。もしかすると、残された時間の中にもうチャンスはなく、これっきりになるのかもしれなかった。今年の春から今日までがそうであったように、次の春までの時間もきっとあっという間に流れ、なくなっていく。

 そんなことを考えて今から泣きそうなのは、俺だけだろうか。メニューとにらめっこしている白石をちらりと見る。聞けばまた、せっかちだのいらちだのと笑われそうだ。

「あー、あんまええ酒ないわ。安い店で堪忍な。給料日前できっついねん」

メニューをたたみ、白石がちょっと渋い顔をした。

「別にええけど、お前金あるやろ、薬剤師」

「使える金が少ないねん。今節約中でな」

「ふうん」

 謙也は釈然としない相槌を打ったが、白石は特に気にした様子もなくジョッキを持った。ほな乾杯、となみなみ注がれたビールをぶつけ合う。

「「っあー、うまい!」」

 声が重なる二人は、いつの間にかすっかりいい大人だ。けれど、白石と酒を飲む時だけは、いつまで経っても少しくすぐったい。ひよっこで、ちんちくりんで、背伸びすることばかりに一生懸命だった二人が、一丁前にビールなんか飲んでいるのだと思うとおかしくなってくるのだった。

「詰め方がなってへんなぁ」

 カセットコンロに火をつけた白石が、少々得意げに言って蓋を閉めた。鍋に効率よく具材を詰めるだとか、鉄板に無駄なくお好み焼きの生地を流すだとか、彼はそういうことが昔から好きだ。いつぞやの焼肉大会では、肉を食べるより並べる方を楽しんでいたことがあったっけ。

「よし。ええか謙也、五分やで」

 白石が、今度はスマートフォンを取り出しながら言った。部長時代そのままの口調に、思わずビールを吹き出しそうになる。

「分かってるて。そんくらい待てるわ。ちょお、なんでわざわざタイマーかけるん。こんなんだいたいでええやろ」

「店の人が五分言うたら五分がベストやねん。それにうるさい客にまだか、まだか言われたら時間の感覚おかしなるやろ」

「誰がうるさい客や。まだかとか言わへんしやな。もうフリやろそれ」

 彼の拘りどころは時々よく分からない上に、拘り方が些かくどい。ミスターパーフェクト、聖書、なんて呼ばれていた頃の片鱗をこんなところに見つけて、しょうがないやっちゃ、と謙也は肩を揺らした。通り名や立場がそうさせていただけではなく、白石には元々、こんな側面があったのだろう。

 この気のいい変わり者の親友を時々心配せずにいられなかったのは、きっとそういう部分のせいなのだ。彼の拘りや固執は大抵が笑い話になるようなかわいいものだけれど、それはひとたび彼自身に向くと、表情をがらりと変えた。一切の容赦がなくなり、烈しく、強固で、くどいどころか、理想を手に入れるまでは決して手を緩めることはなかった。

 今でもそういうことがあるのだろうか?

 ふと考えてみて、謙也はまた一抹の寂しさを覚えた。考えても、分からなかった。一番の親友同士である事実は変わらなくても、生活の場を異にして久しい今、謙也はもう白石のことを何でも知っているわけではなかった。

 けれどまあ、いいか。謙也は持ち前の前向きさで肩を竦め、気を取り直した。仮に自分に厳しすぎる側面が残っていたとしても、今はもう心配する必要はないだろうから。

 ピピピ、と白石のスマートフォンがアラームを鳴らした。

「ほーら見てみぃ!まだか言わへんかったやろ」

「これはおかしいな……ははーん分かったで、お前さては謙也の姿をしたニセモンやな?白状せえ。謙也をどこへやったんや」

「紛うことなき俺やっちゅう話や!」

「おっと、なんや本物かぁ。無事で何よりやな」

 おどけた言葉の途中、ふわ、と脱力気味に伸びた語尾が耳に残った。白石は気付いていないのかもしれない。自身の何気ない発音や話し方の端に、かつてはなかった、かの人の色が移っていること。

 白石が鍋の蓋を開ける。もわ、と閉じ込められていた湯気が立ちのぼり、見慣れた白石の顔が一瞬見えなくなった。「お、めっちゃええ感じやん」。家族の次に鼓膜に染みた明るい声だけが、楽しげに転がって来る。

 「よっしゃ食お!」とうきうきした様子の白石が夏鍋を覗き、取り皿に手を伸ばした。薄い湯気越しにその顔を見ながら、謙也は苦笑して注文用のスイッチを押した。幼さは失ってもまだ若い二人のジョッキは、早くも空になりかけている。

 

 高校時代の白石はあれから、恋人についてどう探りを入れられようとも、根も葉もない噂を立てられようとも眉一つ動かさず、とうとう卒業まで黙秘を貫いた。

 その恋人が、Uー17日本代表合宿で一緒になった種ヶ島修二先輩であったことを明かされたのは、俺が東京の医大へ進学して一年ほど経った後のことだ。電話で突然告白されたそれはもちろん驚きであったけれど、不思議と腑に落ちた。種ヶ島は、謙也が出会ってきた中で最も勇敢で、聡明で、憧れずにはいられない人物の一人であったから――この白石にだって引けを取らないくらいに。

 それから少し経ち、二人が揃って東京の下宿を訪ねてきてくれた日をよく覚えている。片方ずつを見れば正反対にさえ思える二人なのに、隣同士に並んだ彼らは、まるで神様がはじめからそうするつもりで作ったみたいに正しく、自然で、ふさわしかった。

 思えば、その時であったかもしれない。少なくとも謙也にとっては大きなこの一区切りがいずれ来ることを、朧に予感し始めたのは。

 

 心地よい酩酊に波打つ視界の中で、白石が中学生みたいな顔で、大口を開けて笑っている。俺もどうやら、中学生みたいに笑っている。千歳の奴がまた。この前の金ちゃんの試合すごかったなぁ。なんやこの野菜変な味すんねんけど!それが体にええねんて。いくらでも湧き出る話の種は、中学の頃から十数年、不思議と途切れたためしがない。

 ふと、机を突き合わせて弁当を食べていた昼休みの風景が、目の前の白石に重なった。消しかけの黒板、靡くカーテン、青い空。意外なほど豪快に男らしく頬張るのも、椀を持つ右手が描く形もそのままだ。今だって、夏鍋から出て来る見たことのない野菜やきのこを片っ端から食べてみては汗を拭いながら、あの頃みたいにいくらでもくだらない話をしていられそうだった。

 けれど、居酒屋の小さな個室に充満するやかましい笑い声は、確実に時間を後ろへと引っ張っていっている。二人の夏鍋は、もうほとんどを食べ尽くしてしまった。わずかに残った黄緑色の葉っぱを箸で摘まむ。名前は何だと説明されたっけ。甘いような苦いような酸っぱいような、全部の味をごちゃまぜにした不思議な味はなぜだか癖になって、飲み込んでしまうのが惜しかった。

 閉店まで残り三十分少々の時刻を指した腕時計に目を落とし、謙也はふと口を開いた。

「なぁ、白石。注射んとき泣く子やった?」

「注射?なんや急に」

「なんとなくや。小児科は予防接種三昧やねん。色んな子おんねんで」

「そう言われても覚えてへんしなぁ。おかんにも聞いたことないし」

「ふうん。まあ、なんでもええねんけどな、もう」

「は?なんで聞いたん?」

 すまんすまん、と口先だけで謝りながら、謙也はあの夕暮れのように嬉しくなって、笑った。

 注射で泣く子か、泣かない子か。

 中学二年の冬にあの少女の姿を見てからしばらくの間、白石に聞いてみたくて、なぜか聞けずに過ごした。聞いてどうするつもりだったのか分からない。だけど、「泣く子だった」と聞いて安心したかったのかもしれないと、今になって思う。

 だがそれは、もうとっくに意味のない質問だった。口にしてみて、改めてそのことがよく分かった。

どちらでもいい。今、心からそう思えることが、嬉しかった。

 閉店が迫る店内は人々の声が減り、少しだけ静かになった。この店を取り仕切っているのは同年代の人間なのだろうか、天井からは中学時代に流行った曲が降って来る。あの頃、財前と二人で毎日部室に音楽を流していたけれど、この曲は流したことはなかった。緩やかで染み入るようなバラードは、あの部室にも、あの頃の俺たちにも、とても似合わなかったから。

 夏鍋は全て二人の腹に収まり、きれいに空になった。バラードの長いアウトロを聴きながら、謙也はひとつ、すっきりとした気持ちで息をついた。謙也にとって一つの時代が今、終わろうとしていた。

「……な、なあ、謙也」

 すると、白石が急に、なぜかぎくしゃくと口を開いた。

「高校の時、種ヶ島さんと付き合うてるのお前に言わへんかったやんか」

「うん」

「あれ、あれな、ほんまごめん」

「何や急に、水臭い。二人の関係守るためやったんやろ。そういうんは言いっこなしっちゅう話や」

 唐突にかしこまった白石が素面なのかどうか、酒が回った頭では判断しかねた。話の脈絡が掴めず首を捻ると、白石はなぜか口をぱくぱくと動かし、それからなぜか悔しそうに口を閉じた。

「……、……ええやん、急。急なん好きやろ、お前スピードスターやし」

「急なんが好きてどないやねん。酔っとるやろお前」

「ふ、ふふ……、けんやはほんま、いっつもいらちで、やかましい、なぁ……」

 ぶつぶつと不満そうに言ったかと思えば、今度はふにゃふにゃ一人笑い始めた白石は、そんなことを呟きながらぺしゃりとテーブルに突っ伏してしまった。なんやと、と言い返してみても起き上がろうとしない白石に、再び首を傾げる。

「え、お前そんなに飲んどったか?トイレ行く?」

「眠いだけや」

 迎え呼ぶ、と白石はスマートフォンを取り出した。せめて閉店時間ぎりぎりまでここにいよう、と言いたかったけれど、白石のこの様子では、どうやらこれで本当にお開きだ。

 こんな締まらない終わり方があるだろうか?最後かもと感傷的になっていたのは、やっぱり俺だけ?と一瞬悲しくなりかけ、謙也は苦笑いでため息をついた。このくらいが俺たちらしいのかもしれない。離れたってどうせまたいつか、昨日もその前も会っていたような心地で顔を合わせることになるのだから。

 テーブルの向こう側に伏せた白石は、膝の上でメッセージを打っているらしい。いつもはタクシーを使うことが多い白石だが、今夜はあの人(・・・)に迎えを頼める日なのだろう。

 

  ◆

 

 

「ちゃい☆しばらくぶりやなぁ、オシタリセンセー。……あちゃー、ノスケまた夏鍋やってもうたんや……」

「ご無沙汰してます。やっぱりはまっとったんですか、白石のやつ……」

 いつ見てもモデルじみている長身が、鴨居にぶつかりそうな頭を下げて個室の扉をくぐった。最後に会ったのは、去年二人の家に招かれて飲んだ時だったはずだから、一年以上が経っただろうか。鼻梁の高い顔が浮かべる笑みは朗らかなのに濃い色香を纏って、相変わらず見惚れてしまうような、凄まじい色男だ。

 白石と過ごす時間がそうさせるのかもしれない、と謙也は考えていた。会うたび美しさを増していくように見える白石も、きっと同じなのだろう。彼らは初めて会った頃から並外れた容姿の持ち主であったけれど、今の二人は、さらにその何倍も美しい。夏の広葉樹の葉のように、満ち足りた内面が肌から匂い立ち、生き生きと光ってさえ映るのだった。眺めていると彼らの幸せな日々が見えてくるような気がして、謙也は悟られないように目を細めた。

「あらら、ノスケだめになってもうたか」

 白石の隣に膝をつき、種ヶ島が突っ伏した白石の顔を覗き込む。

 その様子を見て、謙也はひっそりと頬を緩める。この二人が並んだときの奇妙な調和は、今日も少しも変わらない。それからもう一つ、二人に会うたびに、何より目を引かれるものがある――そう、これだ。

「おーい、ノスケ。あかんか?……しゃあないなぁ」

 惜しげもなく白石へと注がれる優しい微笑みを、謙也は今日もひっそりと眺めた。溢れた愛情がここまで押し寄せるようなこのまなざしを見るたびに、謙也は思うのだ。もう何の心配もいらない、と。

「閉店まで待ってみてもええか?駐車場、裏道の方しか空いてへんくてな、ノスケに歩いてもらわな困るわ。あかんかったらおぶってくし」

 店員を呼び止め、コーラひとつ、と愛想よく注文を入れると、種ヶ島は潰れたままの白石の隣に腰を下ろした。

「すんません。そんなに飲んでへんかったと思うんですけど」

「久しぶりにお前と飲めて楽しかったんやろ。お前と飲んで帰って来るといつも顔明るいもん」

「そうなんですか」

「そやで。あ、どうもおおきに」

 種ヶ島が届いたコーラを受け取って口をつけると、横の白石がもぞもぞと動き始めた。トイレ、と告げてふらりと立ち上がった白石を注意深く見守る種ヶ島の瞳に、また一瞬、目を奪われる。謙也は危うい足取りの白石をはらはらと見ていたが、種ヶ島はふっと瞼を緩めると、「気ぃつけや」と小さく声を掛けて白石を見送ってしまった。

「着いて行かんでええんですか」

「ん、あれは大丈夫やから」

 にっこりと種ヶ島が笑う。そうなのだろうか、と謙也は怪訝に思った。白石が酒に呑まれるのはとても珍しいことで、果たして今の彼が大丈夫なのかどうか、謙也にはさっぱり分からなかった。家ではこういうことがよくあるのだろうか。白石から聞いたことはない。

 すると、二人になった狭い個室の中で、種ヶ島が気さくに尋ねた。

「来年のこと、聞いた?」

 頬杖をついてこちらを見る種ヶ島に、出て行った白石を心配する様子はない。白石はきっと本当に大丈夫なのだろう、とひとまず納得し、謙也は背筋を伸ばして答えた。

「聞きました。冬のうちに」

「さよか。すぐ話したんやな、ノスケ。……なあ、お前も東京来うへんか」

「……、……は⁉」

 予想外の問いかけに思わず大声が出る。慌てて口を塞ぐと、種ヶ島はけたけた笑い、冗談冗談、と片手を振った。

「あー、自分ほんまおもろ。さすがノスケの親友」

「は、はあ。なんでそんな冗談言わはるんですか……」

「んー、まあ、なんやろなぁ。連れて行くことに決めたし、それはほんまに嬉しいんやけどな。あ、『連れて行く』言うとノスケ怒るんやった。お、れ、が!ついて行くんやっちゅうねん!とか言うて」

 急に差し込まれた白石の真似は妙に特徴を捉えていて、謙也は思わず笑ってしまった。ユウジも唸るかもしれない完成度は、さすが二人の仲と言うべきだろう。

 謙也は居住まいを正し、種ヶ島に向き直った。

「改めて、内定おめでとうございます。将来の代表コーチ候補として入るんやて聞きました。なんや俺も嬉しいです」

「はは、いやいや、おおきに」

 そう言って笑った顔に、謙也は中学三年の秋にあの合宿所で感じていたのと同じ、頼もしさと憧れを覚えた。

 ――次の桜が咲く頃、白石は生まれ育ったこの大阪を離れ、東京へ旅立つ。かねてからの念願叶い、来年度からUー17日本代表育成チームのアシスタントスタッフとなることが内定した種ヶ島と一緒に。

 調剤薬局勤務の傍ら、スポーツファーマシストとして学生テニス選手への指導活動にも取り組む白石はその日、特に悩んだ様子もなく「職場に来年いっぱいで辞める言うてきた」と笑い、「あとは俺が追い付くだけや」と息巻いていた。

 二人でUー17日本代表のサポートに携わり、また一緒に世界と戦うのが、彼らの夢なのだという。白石がスポーツファーマシストとして地道にキャリアを積み上げているものそのためで、二人は今、夢への大きな歩みをひとつ進めようとしているのだった。

「でもなぁ」

 種ヶ島がコーラをまた一口飲み、眉を下げて笑った。それはあまり見たことのない顔で、謙也は小さく目を瞠った。

「ノスケをお前と引き離すことになるのだけは、なんとかならんかなぁと思ってまうねん」

「種ヶ島さんがおったら、白石は大丈夫やと思います」

 どこか自信のなさそうな種ヶ島の笑みに驚き、謙也は力を込めてそう答えた。種ヶ島が肩を竦めて言う。

「そら〝大丈夫〟にしていくつもりやけど、お前にしか話されへんこともあるやろし、お前にしかもらえへん元気もあったやろうしな」

「そうやろか。俺は……昔からなんもできひんなぁ思っとるくらいで」

 昔抱えていたもどかしさの数々を思い、謙也は苦笑いで視線を落とした。結局、どれも自分の手で晴らすことはできなかった気がする。すると、種ヶ島が大げさに片眉を上げて身を乗り出した。

「なんもやてぇ?聞き捨てならんな。ノスケの話聞く限り、そうは思えへんけど」

 その声は揶揄うようなのに真剣な響きを帯びている気がして、謙也は顔を上げた。種ヶ島は面白そうにこちらを見ている。

「例えばそうやなぁ、高校んとき、ノスケに付き合うてる人がいるって聞いた日、どえらい喜び方してくれたらしいやん」

「え!な、なんでそれ、」

 語られたのは、ちょうどさっき夢に見た、夕暮れの中での出来事の話だった。どえらい喜び方、という表現に恥ずかしくなってあたふたすると、頬杖の上で緩く顔を傾けた種ヶ島が笑みを深めた。

「ノスケが話してくれてん。あの時めっちゃ嬉しかった言うてたで。お前がおってくれて良かった、てな」

 謙也は目を見開いた。

「……白石が?」

 唖然と呟くと、種ヶ島ははっきりと頷いて見せた。それから、静かに付け加える。

「救われたんちゃうかな。仕方のないこととはいえ、誰にも言われへん重たい秘密抱えることになってもうて、慣れへんくて、苦しい時期やったと思うねん。あの頃のノスケ」

 まだ十六やったのにな、と、種ヶ島は一瞬目を伏せ、辛そうに呟いた。それから、もう一度あたたかく笑う。

「そやから――おおきに。俺からもな」

 あの日、大切な人と大切な絆を守ろうとに一人で戦っていた白石に、俺はほんのひとかけらでも、何かをしてやれたのだろうか。この優しいまなざしは、それを教えようとしてくれたのだろうか。

「俺らが東京に引っ越してもよろしゅうな。ノスケ、お前のことほんまに頼りにしとるから」

 俺もな。種ヶ島はそう言って、片目を瞑った。

 もちろんです、と間髪入れずに返事をしたかったけれど、なんだか胸がいっぱいで、ろくな声が出そうになかった。唇を引き結んだ謙也がこくこくと頷いて応えると、種ヶ島はまたおもしろそうに目を細めた。

 人生で一番嬉しかったかもしれないあの夕暮れ。俺が白石を救ったのだという、夕暮れ。

 俺は、親友に恋人ができたことを手放しに喜んだわけではなかった。その恋人が、白石をあんなふうに優しく見つめる種ヶ島でなかったら、あの日の白石の回答は違っていただろうし、俺があれほど喜ぶこともなかった。この人だったから、白石は、俺は。

 渦巻いたそんな想いは、とても言葉になりそうになかった。じきに白石が戻って来てしまうだろう。謙也は喉に詰まったものをなんとか飲み込んで息を整え、ただ一言だけはっきりと言って、頭を下げた。

「白石のこと、よろしゅう頼みます」

 この人になら託せる。俺の、大事な親友を。

 

  ◆

 

「急にしゃんとしはったなぁ、酔っぱらいさん」

 車に乗り込みシートベルトを着けると、種ヶ島が意地悪く言った。言い返しようもなくてぐっと押し黙ると、更にくっくっと小さく笑う声が聴こえる。裏道のコインパーキングは、夜の繁華街から切り取られたみたいに静まり返っている。

 駐車料金の精算を済ませてハンドルを握り直した横顔を見る。なんだか今日は世話になりっぱなしだ。言えなかったことも、結局すべて代わりに伝えてくれた。

「……ありがとう、修二さん」

 心から礼を言うと、彼はハンドルを切りながらまたくすくす肩を揺らした。

「あいつにもそのノリで言うたればええのに」

「謙也と湿っぽくなるんはむず痒くてかなわん」

 白石はぶすくれてそう返し、なんとなくスマートフォンを開いた。ディスプレイには、彼に迎えの依頼と――もう一つの頼み事をしたメッセージがそのまま表示されている。

〈迎えお願いします〉

〈あと、昨日のやつ、代わりに言うてもらえませんか〉

 情けないのは百も承知だ。昨夜の食卓にて、明日は必ず謙也にあの日の感謝を伝えて見せる!と三回も宣言したのだから。彼だっておかしそうに笑いながらも、「がんばりや」と送り出してくれた。そうでなくたって、一年目の医師として忙しくしている謙也とゆっくりと話せるのは、今日が最後だったかもしれないのに。

「言おうとはしたんです。遅れたけどちゃんと切り出したし。せやけど……、ああ、そうや!あいつが『水臭い』とか『そういうんは言いっこなしっちゅう話や』とか言うたからや!」

「あっはっは!さよかぁ」

 言い訳を並べると、種ヶ島は噴き出すように笑った。謙也とのやりとりを話すと、彼は殊更よく笑う。白石にはよく分からないが、種ヶ島にとっては何かが面白い――あるいは、嬉しい――らしいのだった。

「後悔せんようにしいや」

 彼は最後にそれだけ付け加え、あとは何も言わなかった。

繁華街を出た車のフロントガラスを、オレンジ色の街灯が流れていく。それをぼんやり見ながら自宅方面へと走るうちに、忘れていた酔いが戻って来た。落ちそうになる瞼を頭を振ってこじ開けると、ふふ、という雲みたいな笑い声が遠く聴こえ、大きなてのひらが伸びてきて頭をひとつ撫でた。「寝とってええよ」。送り出す声はやわらかい。白石はその声に力を抜かれたようになって、助手席に沈むように意識を手放した。

 

 

 ――「テニスに集中したいから」と言い続けておけばよかったのだ。それが利口なのは分かっていた。ただそれでは、告白を受けた瞬間頭に浮かんだ彼の存在に、嘘をつくことになるような気がした。「付き合っている人がいるから」。正直にそう言って断ることが、種ヶ島への誠意だと思えたのだ。

『気にかけてくれるんは、おおきに。けど、ほんまに心配いらんから、何も聞かんでくれ。もとはと言えば俺があんなん言わんかったらよかった話やけど、みんなもそのうち飽きて収まるやろ。……万に一つも荒らされたないねん』

 ロッカーの中に黒々と溜まった影が見える。背には息を飲んだ親友の気配と、重たい沈黙。

ああ、これはあの日の夢だ、と白石は気がついた。心から心配してくれた親友に、はずみとはいえ声を荒らげ、何一つも話そうとせず、挙句の果てに「ほな帰ろか」と有無を言わせぬ笑みを作る。ひっそりと始めた種ヶ島との恋を守るために必要な秘密だったとはいえ、なんて友達甲斐のない奴だろう、と目の前の光景に苦く思う。

 けれど謙也は、不義理を詰ることも、相手の詮索もしなかった。

『分かった。なら、一つだけ聞かせてくれ』

 どこか悔しそうにそう言い、夕日に光るまっすぐな目で、ただ真剣に、祈るように尋ねてくれた。

 

『――お前、その人の前で泣いたことあるか』

 

 言葉の意味を、すぐには掴めなかった。けれど謙也があんまり必死に見つめているから、「うん、あるわ、何度も」なんてうっかり、素直に頷いてしまったのだ。

『そうか』

 答えを聞いた謙也が、ぽつりと呟いた。

『そうか』

 もう一度重ねたかと思うと、今度はぼろぼろと泣き出した。次いで、笑い出した。

『そうか、はは、あはは!そうか、よかった、よかったぁ。白石、白石、お前、よかったなぁ』

 何がだ、とも、泣くか笑うかどっちかにしろ、とも、言えなかった。「よかった」と繰り返し、嗚咽さえ零して泣き笑う親友の顔を、白石はしばし唖然と見た。そして、気付いた。俺は謙也の前でさえ、一度も泣いたことがなかったのだ。泣くことはおろか、弱音を零すことさえも、ろくにしてこなかった。それは、謙也が思い詰めるべきことでは決してなかったのだけれど。

 白石がそうできる場所を得たことを、謙也は体中で喜んでいた。それを見ていると胸から熱いものがこみ上げて、固く結んだ白石の唇がほどけた。

『謙、』

『よっしゃ!ほな心配はいらんっちゅう話や!帰るで白石!』

 白石が呼びかけたのと、謙也がいつもの早口で清々しく言ったのはほぼ同時だった。言うが早いか、涙も笑いも全く止まっていないぐちゃぐちゃの顔のまま、謙也はひょいとラケットバッグを担ぎ、風のようにドアを飛び出して行ってしまった。

『……は?ちょお、謙也!』

 慌てて自分のラケットバッグを拾い、部室の鍵を閉める。すでに化け物じみたスピードで遠ざかって行っている細身の背中を追って走り出しながら、白石は叫んだ。

『謙也!こんのいらち!待たんかいどアホぉ!』

 昔からいつもいつも、この悪癖だけはいただけない。おかげで今日まで、行き場を失った礼を持て余す羽目になったのだから。白石は優しく揺れる車の助手席でまどろみ、ふっと微笑んだ。

 

 

「おかえり」

「ふふ、ただいま」

 種ヶ島が先立って開けてくれた玄関をくぐり、暗い廊下に電気を点ける。いつも通りの我が家は、今日は少しだけ寂しかった。騒々しい居酒屋の一室も、二人でたらふく食べた夏鍋も、ここにはもうないのだ。

「ほい、蔵ノ介」

 肩を叩かれて振り返ると、両手を広げた種ヶ島が優しく笑っていた。本当に、なんでもお見通しだ。白石は苦く笑うと、その大きな胸の中に身を投げた。

 トイレに行くふりをして座を外した後、個室の前を離れずに二人の話を聞いていたことも、どうせこの人は知っているのだろう。板戸を挟んで聞いた謙也の最後の言葉が耳に蘇り、そっと抱きしめるぬくもりに引き出された涙が一粒、種ヶ島のシャツに染みていった。

 白石にとって一つの時代が今、終わろうとしていた。白石がようやく見つけ、謙也が泣いて笑って喜んでくれたのは、ほかでもない、この場所だった。

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