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​エントリーカード

 そのかたちを意外だと、ひと月前なら思ったのかもしれない。横顔の中で静かに伏せられた目を盗み見て、白石は種ヶ島の手元に視線を戻した。
 目の前で綴られていく文字がやけに男らしく映るのは、並ぶそれらが直線がちであるためだけではないだろう。ペン先は小気味よい音を鳴らし、止め跳ねのきっぱりとした線が達筆に連なっていく。こういう字を書く人だったのだな、とぼんやり考え、こんなタイミングでそれを知った自分を、白石は少しおかしく思った。
 ペンよりラケットを握るべき場所で出会った人だ。無理からぬことではある。けれど、どんな字を書くのかも知らずに過ごしたこの人と、全てを懸けた二度目の夏の最後を共にするというのは、やはり奇妙なことであるような気がした。
 

   種ヶ島 修二

 
 白いカードの上に書き上げられた字を、白石は吸い寄せられたように見た。
 丸い文字か、流れた癖字か。もし、彼の書く字をひと月前に想像する機会があったなら、そんな予想をしたかもしれない。明るく飄々として、型破りな振る舞いが目を引く人であったから。
 けれど、それとは正反対のこの筆跡が、今は彼によく似合っていると思う。しなやかで力強く、潔い文字は、覚悟と情熱と勇敢さとを思い知らされたあれらの試合と同じものを纏っていた。
「よし!ほい、ノスケ」
 長く静かな数秒は終わり、種ヶ島はボールペンを手元でくるりと回してからこちらへ差し出した。
 決勝戦のオーダーを決めるトーナメントのエントリーカード。凛々しく佇む種ヶ島の名前が、もう一人の名前を待っている。見合う文字はとても書けそうになかった。なぜ他の誰でもなく、俺だったのか。尋ねる時間は残されていない。
「はい」
 頷き、受け取ったペンは微かにぬるい。その温度が、なぜか胸の奥をじわりと締めつけた。血と心が通う、あたたかくやわらかなてのひらを彼も持っているのだと、白石はまたも今更、知らされた。眼下の決然とした字をその優しい手が書いたのだと思えば、不思議と迷いは消えた。
 この人と一緒に戦い抜く。
 体温の滲んだペンに力を込め、最後の選択を紙に刻む瞬間、白石の胸に残っていたのは、もうその一念だけだった。
 試合が始まる。

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