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『修二さん!』
高い天井によく響く、春風のような声が呼ぶ。ロビーに溢れる光の中を、彼が駆けて来る。
ちょっと、待ち合わせの意味分かってます?俺より早く来たいからってこれはやりすぎとちゃいますか!前に立つや否や、彼はそんなことをぷりぷりと並べ立て始めたけれど、かわいらしく端を上げたままの、詰めの甘い唇がいとしい。堪えきれずに笑い出してしまえば、真面目に聞いてます?と言いつつ、渋い顔を作りきれずに彼も笑った。
よく晴れた日だ。毎日太陽の下でボールを追っているとは思えない肌の色をした彼には、それでもドアの向こうの青空が何より似合う。今日は彼のミルクティーブラウンの髪が一段と眩しく靡くだろう。
『これからどこ行こうなぁ』
いつものように尋ねれば、凛とした目尻があたたかく緩み、ふわり、どこか子供っぽく微笑んだ。二人の時にだけ見せてくれる、この無防備な笑顔が好きだ。
今日も、二人で何か楽しいことを探そう。この前話したカフェはどうだろう。ゲームセンターへ行ってみたいとも言っていなかったっけ。隣町の水族館までバスに乗るのも、知らない名前の駅までの切符を買って電車に飛び乗ってみるのも、気が乗らないなら、狭い家でくっついていたっていい。温め合うのももちろんいいけど、ただ思い出話をするだけだっていい。二人でいられるならなんだっていい。全部やろう。残らずやろう。今しかできないことを、もうすぐできなくなってしまうことを、全部、その日がここまで来る前に── 。
次の瞬間、彼の姿は見えなくなっていた。慌てて辺りを見回すと、あるのは相変わらず暗く吹雪いている外の景色と、誰もいない美術館のロビーだけで、種ヶ島はその端のソファに一人で座っていた。
ほんの数分、浅い眠りの中にいたらしい。光溢れる短い夢の景色が急速に遠ざかり、胸に虚しいきらめきだけ残して、遥か昔へと還っていく。そのきらめきがみるみるうちに空虚に置き換わっていくのを、種ヶ島はひとつ大きなため息をついて誤魔化した。
喉が渇いた。テーブルに置きっぱなしの愛飲料の缶を揺らすと、もう空になっている。もう少し買って来ようか?そう考え、手元の時計に目を落とした。買い足すのは、あと一本だけでよさそうだ。
午後三時を回っていた。閉館は五時。
もうすぐだ。もうすぐ、今日という日が終わる。