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  • ふく
  • 1月24日
  • 読了時間: 2分

更新日:1月26日

 何でも好きになれるのが最良、みたいな風潮を感じる近頃だけど、嫌いなものを明瞭に語れる人が好きだ。

 僻み妬みや無知、未熟、怠惰、思い上がりが透けて見える言葉や発信のしかたは見ている方が恥ずかしくなってしまうけど、自分の美意識に敏感で誤魔化すことをよしとしない「嫌い」の表明は見ていて気持ちがいい。

 こういう音楽嫌い、こういうこと言う奴嫌い、こういう色嫌い、と詳しく自覚して譲らない面倒な人は、「好き」も鋭くて純度が高いんだろうと思える。何でもかんでも許容して愛せるらしい人の「好き」はなんだか軽くて疑わしい。

 好き嫌いをそのまま口や態度に出せる場面は限られてるし、嫌いだと思っても付き合ってるうちに許せちゃうものも癪なことに多いけど、これは粋、これは野暮、みたいな感性は鋭く保ちたい。


 白石くんはあれで嫌いなものはものすごく嫌いだったら彼らしい。好きなものへの拘りが強い子だから嫌いの拘りも細かそう。

 種ヶ島さんは何でも好きになれそうな風体で、ある日にこにこ顔の懐から刃物が覗くみたいに強烈な嫌いや蔑みが垣間見えたりしたらゾクゾクするな……。目の前の相手にはそれと分からないように振る舞うけど、隣に立ってる人間は悟っちゃうような。あの種ヶ島が悟らせちゃうほど嫌いってよっぽどだと二重に身震いする仕組み。

 身震いと言っても怖いというよりは、いつもは見えない意志や感情の振れ幅を目撃できた変な感動みたいな感じかも。掴めない種ヶ島修二の輪郭にほんの一瞬ピントが合いかける感覚。

 白石くんは後輩の中で唯一そういうの一瞬感じ取ったことがあったりしたらいいな。


 好きなこと、どっちでもいいこと、嫌いなこと、の境界線ってある種その人の形であると思う。好きだけでは形を知れない。嫌いを知ると急にくっきりすることがあるので、気になる人のそういうのを見聞きするのはなんとなく面白いし、嫌いを明かそうとせず何でも好きな人をやってる人物には虚像感や空洞感を拭えないんだろうな。

 
 

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