つかみとる
- ふく
- 2月14日
- 読了時間: 4分
本日バレンタインデーなわけで。
通例どおりの義理チョコ贈呈の儀に飽いたわが部署では、男も女もみんなで個包装菓子を持ち寄り一つの段ボールに集めたつかみどり大会が開催された。当初はチョコレート各種が集まるつかみどり大会を想定していたのに、個包装ならなんでもいいってことだよなァ…?と芸人魂を揺さぶられた大人たちが入浴剤やポケ●ンのポケットティッシュ、アンパ●マンふりかけやみそ汁などを持ち込む個包装大喜利と化した。バレンタインデーとは?
愉快な職場で結構である。
私もつかみとった。誰ですか干し梅を入れたのは。
下記、つかみどりとは無関係の昨年の今日書いた小品とも呼べぬ遺物。
フォームからのお便りありがたく拝見しています。お返事は改めて。少し先になります。
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「蔵ノ介、今年これやろ!」
どこで見つけてきたのやら、彼がやたらとファンシーなその箱を持ち帰ったのは、十日ほど前のことだ。帰宅するなりコートも脱がずに箱を見せに来たきらきらまなことパッケージとを交互に眺め、種ヶ島の言いたいことを正しく察した白石は、くすぐったさにぷっと笑って頷いた。
「おもろそうですね。やってみましょ」
「よっしゃ。さすが蔵ノ介」
「うまくできるやろか」
「うーん、なんとかなるやろ」
高級なのもかわいいのも、手作りだってとっくに通過済みだ。さて、今年はどうしよう?そんな小さな悩みは、彼も同じだったのだろう。箱にはカラフルな文字で〝一緒に作る!チョコクッキーキット〟と書かれている。小さいわりに重たい箱の中身を使えば、チョコを纏わせた星型のクッキーができるらしい。
「もうええんちゃう」
「まだあと五分」
「そんくらい変わらへんて」
「〝まて〟」
「ちゃい……」
焼き上がったバタークッキーを湯せんしたチョコレートに半分浸け、冷蔵庫で一時間。うずうずと体を揺らす種ヶ島を抑えつつ、タイマーが鳴るまできっちり我慢してドアを開けると、「おー!」と二人分の声が重なった。液体だったミルクチョコはすっかり固まって、パッケージどおりのチョコクッキーの形ができあがっていた。
できた。できたなぁ。言い合い笑い合い、クッキーを載せていた平皿を取り出す。クッキングペーパーとやらの代わりにひいたアルミホイルから、チョコの部分は意外にも容易くぺろりと取れた。不慣れな手で生地を星型に抜くのに悪戦苦闘したせいで、星角はどれも少しずつ歪だ。それもなぜだか面白くて、白石は一番不格好なのを摘まみ上げてくすりと笑った。
すると、いくつもある星を矯めつ眇めつしていた種ヶ島が、「これ、一番きれいちゃう?」と中の一枚を指さした。チョコに銀のアラザンを散りばめたそれは、確かに唯一と言っていいくらいに完璧で、均整の取れた星の形をしている。作り手の贔屓目だろうか、まるで洋菓子屋に並ぶクッキーみたいだ。確かに、と頷くと、種ヶ島はにっこり笑って言った。
「ほな、これは蔵ノ介のな」
いちばんの星を拾い上げ、ほい、と差し出した手をぱちくりと見下ろして、白石はその手を押し返しつつ抗議した。
「なんでやねん。せっかく完璧にできたんやから修二さんのやろ」
「完璧にできたから蔵ノ介に食うてほしいんやん」
「いや、俺は修二さんに食べてもらわな気が済まん」
「これ型抜きしたん俺やで」
「天板にパーフェクトに移したんは俺です」
「ほなここは公平にあっち向いてホイで決めよかぁ」
「全然公平ちゃうわ」
「……」
「……」
哀れかな、他のどれより上等にできた星は二人の間で行ったり来たりを繰り返し、やがて奇妙な睨み合いを始めた両者の真ん中できょとんと静止した。
「――かくなるうえは」
どちらのものとも知れない呟きがキッチンに落ちた。
十分後、二人はソファに仲良く並んで座っていた。ローテーブルの上には、とっておきの茶葉で淹れたアッサムティーがマグカップの中で湯気を吐いている。その横に、きれいに半分にカットされた例の星が並んでいた。
「せっかくきれいにできたのになぁ」
半分になった星を指先でくるりと回し、種ヶ島は大して残念でもなさそうに笑った。
「ほんま、せっかくきれいにできたのに」
白石も片割れとなったもう半分の星を目の前に掲げ、頬を緩める。きれいもへったくれもなくなってしまったのに、それは一つの星だったときよりも、なんだか嬉しい形をしていた。二人はにこりと微笑み合うと、対になった手作りクッキーを同時にかじって舌鼓を打った。