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山をひとつ

  • ふく
  • 3月7日
  • 読了時間: 2分

更新日:3月23日

 いつもと違う土地にいる。高速バスにぽっつり乗って、山をひとつ越えて来た。峠は白く吹雪いていた。昨日も同じ道でここに来た。今日は鞄に眼鏡を入れてバスに乗ろうと思ったのに、忘れて結局昨日と同じ、ピンぼけした雪山を眺めて来た。帰りもきっと同じだろう。


 肩が凝るばかりのジャケットを着込み、社会に何の変化ももたらさないだろう二十分ぽっちの任務はもう終えた。

 収穫があるにはあった。会議室で隣になった人から、近くにおいしいどら焼き屋があると聞いた。ここへ出張があると決まって土産に買って帰るという。今日もそうせよとの指令を受けたと、分厚い眼鏡で小さくなった目が嫌そうなふりで笑っていた。指令の主は奥さまだろう。

 教えてもらった店に帰りに寄った。お抹茶と一緒に店内でいただく。確かに美味しい。週末のおやつにいくつか持ち帰りたかったが、生どら焼きのいのちは短いので、意義不明の出張の駄賃にひとつだけ買って店を出た。紙袋は遠慮した。資料も大して入っていない鞄の中だ。潰さず帰るのは難しくない。


 バス乗り場への道中、古い小学校の校舎を利用した多目的施設を見つける。レンタルスペースやカフェ、旅行代理店、美容院、本屋などが、元は教室だったのだろうテナントで営業していた。

 百年ほど前の建物だという。柱や壁、階段は石造りだ。教室の並ぶ廊下を歩いても懐かしさより新鮮さが勝り、子どもたちの声も蘇って来ないのは、わたしの通った学校と違いすぎるからなのか、わたしがあの頃から遠く離れすぎたからなのか。板張りの廊下にヒールつきのパンプスで立って、なんだかおかしいなあ、と思ったりした。背はあれから五センチも伸びていない。


 またも山を一つ越え、バスがいつもの街に向かっている。暮れていく景色はやっぱりピンぼけしている。夕方のわたしの街はいつも渋滞気味だ。終点で降りる頃には日が落ちているだろう。

 どら焼きはどうやらやはり潰れていない。夜はいつもの家で、いつものマグカップにいつもの茶を淹れ、短い冒険のよすがをかじるとしよう。

 
 

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